やさしいおとこ


マニキュアを深夜

塗る

コーヒーを飲みながら、好きな音楽に包まれて、

考えるのは・

好きな人の笑った顔だったり・・

北国の母のしわの数だったり・・

大事なことをちょっとの時間保留して・・

浮かべられる幸せをぽっかりとオレンジの明かりに照らしている

油断して、コーヒーが冷めてしまった

「あああ・・」ではないんだ

また、熱い熱い新しいのを入れなおしたっていいんだ

もうすぐ朝だっていうのに・・

ふかふかと時間がそこで止まっているようだ

なんていうか・・あれこれと・・

とてもとても昔のアメリカでは、

マニキュアはお金持ちの男性のおしゃれだった

それが今では女性の特権みたいな象徴だ

「美は細部に宿る」と誰かは言った

本当に、時間と余裕がなければ

マニキュアを施せない

女性はそれを知っている

それでも・・

元気がなく、やる気がなく、疲れ、人にも会いたくない日・・

少しがんばって、あたらしいマニキュアを買って

整えた爪に「想い」をこめて、そのつるりにのせて行く・・

いらいらしていたら・・そんな感じ

なきたかったら・・・そんな感じ

そんな感じを修正しながら、塗り終えた新しい爪は

自分自身をいとおしむ気持ちを揺り起こす

さっきまでの

「こんな私をみないでください」が

「ほら・・きれいでしょう?見てください」

に少しずつでもかわればいい

形からはいればいいんだ・・・

弱った自分の実態すらつかめない夜なら

綺麗な色のフレームをあてがってみたらいいんだ

そこに見合う、新しい自分を模索する女

そして・・

やさしいおとこは

言った

「僕は剥げたマニキュアの女がいとおしい」

と・・

私はこんな彼が好きだった

「剥げたマニキュアはだらしない女、汚い。だったらはじめから

塗らないほうがいいよ」

と、たいていの男が言うだろう

そして、たいていの女もそう思っているだろう

そんな「剥げたマニキュア」で一日過ごすのは忍びないものだ

と・・・

「ああ・・塗りなおしたいのに・・・そのちょっとの時間がなか

ったの・・」

と言い訳したいきもちは恥ずかしい

「髪の毛の手入れも、身なりも、話し方も、ご飯の食べ方も・・

素敵な女性が、たったひとつ・・マニキュアが少し剥げていた

ら・・・その日その女性は一生懸命仕事をしたんだろうなって、

考えるんだ。塗り直す時間がないほど、忙しかったんだろうっ

て、想像するんだ。そんな女性が帰りの電車でようやく息を抜い

たとき、人差し指の剥げたそのマニキュアに気づいて瞬間につり

革のその手の指をぐっと内側に隠す時の気持ちを感じたら・・僕

はいとおしい気持ちになってしまう」

「あなたはマニキュアを塗ったことがあるの?」

と私は言った

「あるよ」

「そう」

「一日中、剥げないか気になって仕方なかったよ(笑)」

「どうして、塗ったの?」

「彼女と喧嘩したあと、お互い気まずいそんときに、

黙って彼女がおんなじ色を塗ったんだ。そんときの彼女が

なんだか、すごく綺麗だったんだ。まばたきしないんだよね・・

真剣に塗ってくれたんだ。そしたら、泣いてたんだ。

「ごめんなさい」って言って、ずっと僕の爪にマニキュア塗って

たんだ・・・なんか、わかんないんだけど、そのときの彼女が一

番僕、好きだった瞬間なんだ。ごめん・・わかんないよね?も

う、別れたんだけど(笑)」


彼はやさしい声だから

小説の朗読みたいに

聞こえました

その日の私の人差し指のマニキュアは

少しだけ・・剥げていました

                   



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